|
今日は、心の振れ巾というものについて考えてみたいと思います。
* * *
たとえば・・・
会社の同僚の態度や言葉など、いろんなことが腹立たしくてしかたがない。
通勤電車の中でも態度の悪い人にイライラしてしまう。
家に帰れば家族の言動に対してまたカリカリし、テレビのニュースやドラマ
を見ても、その内容について感動したり腹が立ったり、いろんな感情が
湧き起こってくる。
このように心の中に<こうでなくてはならない!>と決めた物差しが
あまりにも頑固に出来上がっているとき、私たちはその物差しから
ちょっとでもはずれたものを見るたびに、批判や嫌悪の気持ちを抱いて
しまったり、逆に物差しにぴったり合っているものを見ると、
とても興奮して喜んだりします。
* * *
また、自分と他人を比較しているときにも、心はたえず動きます。
<あの人にはこれもあれも揃っているが、私にはない。>
<私はやっぱりダメなんだ。。。>
と、人と比較しては自分を見下げてしまったり、
<あの人より私はマシだ>
などと自分を人よりも高くして慢心に陥ります。
こうして常に心は一喜一憂しているのです。
* * *
ですが、もし心があまり動かなかったらどうでしょうか?
たいがいのことは、まったくあなたを煩わせないものに
変わってしまうことでしょう。
どんなことがあっても、どんなことに対しても
心をできるだけニュートラルに保つことが、苦から離れるための第1歩であると
仏陀は説いています。喜びもしないし、悲しみもしない、
常に静かで穏やかな湖のような心の状態です。
<不動心>は、私達を癒しと平安の世界へと連れ出してくれる
貴重な乗り物なのです。
また、巨大な宇宙から見れば、私達が気にしているほとんどのことは、
意味を持たないあまりにも小さなことだということに気がつきます。
聖者といわれる人々も、<私達の真の姿は肉体ではない>と教えていますが、
その<幻のような肉体>の感ずることにいちいち振り回される必要はないと
いうことになりますね。
心はもっともっと宇宙のようにどこまでも自由であってよいのではないでしょうか。
* * *
心が勝手に作り上げた<物差し>をできるだけはずしてみてはどうでしょう。
この世界に<こうでなくてはだめだ!>というものは、きっとひとつもありません。
すべてのことは、神の意のままにあるべき姿でたんたんと移り変わって
いるだけのようです。あなた自身もその一部です。。。。
心の物差しをはずせばはずすほど、
あなたの心はいつも平安で
愛に満ちた不動のものへと変わっていくことでしょう!
すべての存在の中に光を見出だし、
受け入れることができますように。。。☆
(2004.7.1)
もくじページへ
* |