BGM入りです。 music by Sora Aonami  

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流されない勇気


私は学生生活を終えてから約15年ほど、グラフィックデザイン関係の仕事をしてい

ました。最初は、流行を追うことやクライアントさんの商品がいっそう売れるように

あれこれ考えて仕事をすることを楽しく感じたものです。

その頃は、デザインだけでなく企画、デザイン、コピー、スタジオ撮影にまで

関わることもしばしばでした。

そうこうするうちに、ある矛盾に気がついてきたのです。


それは、自分で食べたり飲んだりしていない商品の宣伝文句を

あたかもその商品の味を知っているかのように書かなければいけないということに

なんとなく居心地が悪くなってきたのです。

もちろん、本当の商品の良さをよく取材してから、そのまま表現することも

ありましたが、多くの仕事は話を聞くだけであとはこちらで

どのように商品がよく見えるか、付加価値をつけるか、ということを

考えて制作することがほとんどでした。

そんな業界にいたためか、そのあともTVや雑誌のいろんなコマーシャルを見るた

びにその裏側の制作側の意図というものが、なんとなくわかってしまうようになった

のです。

     *   *   *


ところで、我が家はカナダの田舎町にありますが、まわりにはたくさんの教会があり

住人のほとんどはキリスト教に属しています。

ですので、11月も半ばになるとすでに家のまわりに電飾をつけたり、サンタやトナ

カイ、イエス誕生の置物などをする家が増えてきます。

そんな中、私達は今年からクリスマスの飾りつけも、カードを送ることも一切行わな

いことにしました。

それは、私達はクリスチャンではないことと、世の中に流されたくないと感じたから

です。


クリスマスだけでなく、10月のハロウィーンにも何もしませんでした。

カナダではハロウィーンは定着しており、袋を持った子供達が家々を回り

お菓子をもらうのです。

イベントはますますエスカレートし、家のまわりはホラー映画のように

骸骨・カラス・魔女・幽霊・お墓といったもので飾り付けをする家もあります。

ですが実態を聞いてみると、子供たちは時には1晩で押入れケース1個分ほどの

チョコレートやキャンディ、ガム、ジュースを収集できるのだと知って驚きました。

それらのお菓子には、大量の白砂糖や食品添加物が含まれているのです。。。


私達は、そのようなものを子供達に与える風習を続けていく必要がないと判断し、

ハロウィーンの夜には、ドアに小さな張り紙をすることにしました。

<ごめんなさい。私達はハロウィーンのイベントには参加しません。

でも、来てくれてありがとう!>

たとえ子供達ががっかりしようとも、勇気を出して本当に良いこと必要なことだけを

継承していくべきだと考えているからです。


     *   *   *


海外で行われていた多くのイベントが、商売になるからと、誰かによってアイデアが

日本に持ち込まれてきたのでしょう。

そして、毎年次から次へと新商品や新アイデアが出され、本来はとても素朴で

深い意味があったはずのイベントもどんどん変わっていきます。


20年ほど前には、エコライフや地球環境のことを考える人もまだ少なかったので、

しかたのないことだったかもしれません。

でも今はほとんどの人が、人類が生き方を変えなければいけない時に来ている、と

知っているにもかかわらず、やはり毎年同じことを繰り返しています。


クリスチャンの方が、聖人イエスの誕生をお祝いすることはすばらしいことだと

思います。

ですが、日本ではほとんどの人は宗教的な意味ではなく、ただのイベントとして

クリスマスを捉えているような気がいたします。


カナダでも同じです。コマーシャルに促されて人々は大量のプレゼントを買いに

ショッピングモールへ出かけています。ウォルマートなどは、クリスマスまでの

約20日間を24時間営業にするとのこと。。。。

まるで、地球のことよりも自社の収益のほうが大事だという証のように見えます。


さらに最近は、ひとりに1個のプレゼントでは足らず、数個のプレゼントを買い、

すべてラッピングしたうえで生のモミの木の下に飾る家も増えているようです。

たしかにアートとしてはきれいですが、世界中で毎年この時期に切られるモミの木

と、消費されるすべての資源、1か月間屋外の飾りに使われる無駄な電気を考える

と私はもう参加する気になれないのです。。。

     *   *   *

時々、私達ひとりひとりにもっとも必要なものは【勇気】ではないかと

思うことがあります。

勇気があれば、まわりの行動に流されずに本当に大事なことを見極めながら

行動することができ、勇気があれば世界を変えることができるからです。


地球環境の破壊が進む今、私達は勇気と智慧を生かしていかなければなりませ

ん。人類は、もう物質や金銭にしばられる生き方を改めるときにきています。

あらゆる国の聖人達は、常に勇気と智慧を持って行動していたのではないかと思う

のです。

それはときには、大衆から理解されないこともしばしばだったでしょう。

でも、彼らはゆるぎませんでした。【真実】を知っていたからでしょう。


古代のネイティブアメリカンの長老が、もしも今の現実を見るならば

きっとこう言うでしょう。

<本当に大事なことを見極めなさい>と。。。


(2007.12.06)

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